うつ病のあれやこれや

 こんにちは。華岡です。
 先日の、私が所属するめだか(medical academy kanazawa)の動画部で話題になった「腸内細菌とうつ病」の関係から、私のうつ病に関する理解の乏しさが露呈し、今回うつ病に関することを調べるに至りました。少々、お付き合い頂けると幸いです。

 まず、医学部6年生時にハワイで出会ったある患者さんの話を紹介します。その患者さんは退役軍人で現在は無職の34歳男性です。その方は熱が出たことを訴え、私の実習をしていた病院に来院し、『身体的』な病気は薬で簡単に治すことができました。しかし、彼が抱えている『社会的』な問題は診療に当たっている医師たち、ましてや私にはどうしようもないものでした。無職、片親、中卒、違法ドラッグユーザー、社会的サポートはほぼなし、そして、今回のトピックの「うつ病」です
 退院時に病院からとぼとぼと去る後ろ姿はなんだか印象的だったのをよく覚えています。その時、うつ病とは何だろう。確かに彼のような状況に置かされているなら「うつ病」になるのも仕方ないと感じました。初めて「うつ病」が精神的な病気という枠組みだけではなく、「社会」との関わりによって生じるものなのではないかと感じた瞬間でした。

 世界医師会会長のマイケル・マーモット著の『健康格差』で以下のように述べています。

 精神疾患のある人の平均余命(同じ条件の人がその時点から生存すると見込まれる平均年数)は、それがない人に比べて10年から20年ほど短いことがわかっており、精神に生じていることはすべて、精神疾患のみならず、身体疾患や死のリスクに多大な影響を及ぼしている。そして、心に起こることは、人々が生まれ、育ち、暮らし、働き、老いる環境に大きく左右されるし、またそうした日々の生活状況を左右する権力や資金や資源の不公平にも大きく影響を受ける。

 マーモットが言うように、うつ病に限らず精神疾患はまさに、社会、身体、精神の3側面から眺める必要のある疾患です。

 そろそろ、本題へ移ります。

うつは心の風邪と言われますが、果たしてそうなのでしょうか。常識的な話から今後の展望まで含めたことを紹介させてください。

今回の記事の流れ

  • ・大うつ病の定義
  • ・病態・病因(原因)
  • ・疫学
  • ・予後(その病気がたどる経過と結末に関する医学上の見通し)
  • ・展望

まず、そもそもうつ病とは?

 我々が思ううつ病は正式には「大うつ病性障害(以下、うつ病)」と言われます。定義は以下の項目です。

また、補足として、うつ病の方によく見られるのは、「病気ではなく怠けである」「性格であるから治らない」「どうせ薬なんか効かない」、「こんな状況(例:身体の病気を持っているから、職場の問題があるから)では医療は助けにならない」といった、否定的な自己認知に傾きがちです(Hirano et al, 2002)。

 上記のような症状を認める方に対しては、「このような状況であれば、このような感情を抱くことも無理のないことである」というメッセージを伝えるなど、「妥当性の承認」を含めた共感的な対応が重要となってきます。

うつ病の原因は?

 西洋医学的にうつ病の病因は不明。親、兄弟、子供がうつ病であると自分がうつ病に罹りやすさは一般人口と比較して1.5-3倍であることから、遺伝性も指摘をされていますが、膨大な研究が行われているにも関わらず、責任遺伝子は明らかになっていません。また、身体疾患における関与も以下のように知られています。

うつ病の疫学は?

 うつ病の12カ月有病率(過去12カ月に経験した者の割合)は1~8%、生涯有病率(これまでにうつ病を経験した者の割合)は3~16%です。日本では12カ月有病率が1~2%、生涯有病率が3~7%であり、欧米に比べると低くなっています。一般的に女性、若年者に多いとされますが、日本では中高年でも頻度が高く、うつ病に対する社会経済的影響が大きいといえます(1)。

どのような経過をたどる?

 初めてエピソードのうつ病の方は約60%は2回目のエピソードを持つと言われています。更に、2回目、3回目のエピソードを持った患者さんはそれぞれ3回目、4回目のエピソードをもつ可能性は70%、90%です。
 そして、うつ病患者さんはその他、身体疾患へのリスクも高まります。つまり、抑うつは気分・感情障害ですが、それに留まらず、自殺や虚血性心疾患の危険因子であり、虚血性心疾患やがん、脳卒中のその後の転機に影響する因子と考えられています。そして、その生物学的機序についても徐々に明らかにされつつあります(1)。

自殺とうつ病、そして社会との関連

 うつ患者が自殺をはかることはよく知られており、入院するほどのうつ患者の 15%は自殺し、自殺者の50-60%はうつ病という。自殺予防のためには、うつ対策が必要です。

 フランスの社会学者で、社会学の父と呼ばれるエミール・デュルケム(Durkeim)は社会規範が崩壊した、あるいは社会規範が弛緩したような状態をアノミー(anomie)とよび、これを自殺の発生と関係づけています。デュルケムは自殺と社会のあり方の関係を初めて主張した方です(3)。

 具体例として、学歴や所得などの社会経済的地位と抑うつとの関係を日本の高齢者で検討したAGESプロジェクトがあります。対象は、要介護認定を受けていいない一般高齢者で15市町における代表サンプル32,891人です。社会経済的地位を説明変数とし高齢者抑うつスケール15項目版でうつ状態であるか否かを目的変数とし、一般線形モデルで年齢調整をした値を求めたものです。その結果では、教育年数が短くなるほど、そして低所得者ほど抑うつが多いというものでした。

今後のうつ病の展望

 私が気になっている今後のうつ病の展望についての論文等紹介します。

うつ病の予防

1. 経験の浅いカウンセラーの導入によるうつ病予防

 2019年1月にJAMAの精神領域から低所得国の重症度の低い抑うつ症状をもつ60歳以上の住民に対して経験の浅いカウンセラーによる介入をいれると有意にうつ病の発症を予防できるとの結果がでました(4.40% vs 14.44%)。具体的な介入とは問題解決療法、不眠に対する簡易行動療法、糖尿病などよくある疾患に対してのセルフケアの教育、医療社会プログラムへのアクセス支援など(5)。

 難しい技術など案外必要なく、否定せず話を聞いてもらうだけで孤独から解放されうつ病の予防になるのでしょう。

2. マインドフルネスがうつ病の再発予防や予防に有用

 セガル(Segal)らは、寛解期にある84人を研究し、MBCT{マインドフルネス認知療法(Mindfulness-Based Cognitive Therapy, MBCT)}がプラセボよりも優れた薬物治療と同様に再発性のうつ病エピソードの予防に役立つ可能性があることを見出しました(6)。ジョンズホプキンス大学のMadhav Goyalは、JAMA Internal Medicine(2014)にて、47の研究の中で異なるタイプのマインドフルネス瞑想を調べ、それが鬱病の治療に中程度の効果をもたらし、不安や痛みに対して効果をもたらしたことを発表しました。

 そもそも、マインドフルネスを世界に広めたのは金沢出身の鈴木大拙だと言われます。マインドフルネスによって自分自身に生じている事象を客観視できることはうつ病の予防へ繋がるだけではなく人々の生活の豊かさにも繋がりうると確信します。

3. 腸内細菌とうつ病の関係

 ベルギーのイェルン・ラースらは、ヨーロッパ人の患者2000人以上の腸内細菌を対象に、細菌叢とメンタルヘルスとの関係について調査しました。うつ病の患者の腸内には、コプロコッカス属とディアリスター属の細菌がほとんどいないことが判明しました。注意すべきこととして、特定の腸内細菌がいなくなったからうつ病になったのか、それともうつ病だからそれらの細菌がいなくなったのか、その因果関係については現段階では不明です。

 この領域は精神と身体を分けない中医学の考え方では当たり前の話かもしれません。

 以上、私が興味のある話などを中心にまとめてみた。少々、中身に偏りがあるがそれはお許し願いたい。

(1)川上憲人:世界のうつ病、日本のうつ病-疫学研究の現在.医学のあゆみ 219(13)、925-929、2006
(2)近藤克則, 健康格差社会―何が心と健康を蝕むのか
(3)川上憲人, 小林廉穀, 橋本英樹, 社会格差と健康
(4)吉井清子, 近藤克則, 他:日本の高齢者-介護予防に向けた社会疫学的大規模調査. 高齢者の心身健康の社会経済格差と地域格差の実態. 公衆衛生69 : 145-148, 2005
(5)JAMA Psychiatry. 2019;76(1):13-20. doi:10.1001/jamapsychiatry.2018.3048
(6)Arch Gen Psychiatry. 2010;67(12):1256-1264.doi:10.1001/archgenpsychiatry.2010.168

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