勉強をする目的

こんにちは。研修医の華岡です。

土日にアメリカ心臓協会による2次救命救急講習のACLSを受講してきました。

疲労が徐々に蓄積しているため補中益気湯を欲して一昨日の晩にドラッグストアを3件巡りましたが販売しておらず。

昨日にようやくゲットして、服用すると疲れは一気に飛んでいきました。

これはプラセボなのかそれとも本当に効能なのか。

皆様も疲れた際には是非お買い求めてみてください。

補中益気湯:胃腸の働きを整えて元気を補う薬
生命活動の根源的なエネルギーである「気」が不足した「気虚」に用いられる薬です。「補中益気湯」の「中」は胃腸を指し、「益気」には「気」を増すという意味があります。胃腸の消化・吸収機能を整えて「気」を生み出し、病気に対する抵抗力を高める薬です。元気を補う漢方薬の代表的処方であることから、「医王湯(イオウトウ)」ともいわれます。

ツムラ

皆さんの勉強をする目的は??

先日、『勉強を考える会』というものに参加してきました。

生まれてきてから実はあまり親に勉強しなさいとは言われたことはありませんでした。

幼少期は楽しみながら祖父母が私に平仮名など言葉を教えてくれ、小学生の時には、夢だったNBA選手になるために、英語を話す必要があるという理由で自分から公文式を習いに行きたいと両親に申し出ました。

将来の夢が料理人、ユーチューバー、大工さんであってもその道を極めるには教養が必要で、やはり何かしらの勉強が必要です。その動機づけがやはり重要なのではないでしょうか?

幸い、私はその都度の段階で尊敬できる人物との出会いを通じて、その人からの承認であったり、その人への憧れから能動的に勉強していました。時には、挫折もありますが。その結果として、無事医学部に入学できたように思います。

昨日の記事にもありますが、やはり人間は「社会的動物」であり社会での関わりによって自分の行動が大きく影響を受けています。自分で考えたことと思っていることですら沢山の影響を受けていて果たして自分そのものの行動なのかすら疑うほどです。

そう。つまり、勉強をする動機づけは社会や生まれ故郷、そしてそこで働く人々との出会い、つながりによって出来るような気がします。あくまで私の考えですが。

では、そもそも勉強をする意味は?

 勉強とは主体的行為である。

山本義隆

私が同期の研修医に勉強をする意味を尋ねた際に、彼はドヤ顔で以上の言葉を教えてくれました。

そして、以下のように再度ドヤ顔で付け加えました。

 勉強の目的は個人の豊かさや社会を豊かにするためである。

これにも激しく同意です。勉強の動機づけにも目的にも『社会』と『個人』との繋がりがなければそもそも勉強なんぞする必要ない。極論を言えば社会が存在しなければ我々が勉強という行為を負うこともないです。

そして、勉強をするというのは生まれてきた段階での個々人の社会における「使命」を果たすためだと考えます。

上記のことを考えた時に、夏目漱石の「夢十夜」の第六夜に運慶が出てくる一説を思い出しました。

運慶はかなり無遠慮に、無造作に仏像を彫っているのだが、夏目漱石は、そのことにとても驚く。近くにいた人が「運慶は仏像を作り出すのではなく、元々木の中に埋まっている仏像を掘り出すのだから、土の中の石を取り出すようなものだ(そのくらい簡単だ)」と教えてくれる。


夏目漱石「夢十夜」、第六夜

つまり、我々の中に眠っている『使命』を掘り出すためにも『勉強』という主体的行為によって、技術に磨きをかけなければ本来の『使命』が何であったかのすらも見失うのではないでしょうか。

そして、勉強は『主体的行為』というが故に、インプットだけではなくアウトプットも大切だと思います。

インプットとアウトプットは対立関係ではなく、歯車のように両輪関係です。

このブログも、自分の思考の流れを書き留めるためほぼ自己満足で書いています。笑  異論は大いに認めます。笑

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